事業承継は即ち組織づくり
深代先生 仰る通りです。ですので、組織づくりがまず第一でした。会計事務所というのは言わば専門家の集団なので、一代で終わっちゃうものなのですが、うちは事務所が大きくなってしまったので、私の代だけで終わらせるということにはいかなくなってしまいまして。
平川先生 確かに会計事務所は職人気質で、家内工業的になりますね。
深代先生 ええ、そこで組織作りです。とはいっても、普通の会社は所有と経営の分離というのが行われるわけですが、会計事務所はそれがないので、組織が大きくなるとそのままではだめになってしまいます。
そうして組織づくりをやってゆくなかで、次の世代そしてその先の世代まで意識せざるを得なくなってくるわけです。私個人の次を決めるという話ではなく、法人としての組織作りが本質になってゆきました。
あと、お客さんの方でも世代交代が行われてきていて、そのコミュニケーションのためにも世代交代が必要でした。これは私の考えではあるのですが、例えば先生と生徒みたいな関係ではなかなかうまくいかなくて、お客さんと同じ目線で一緒に成長してゆくことが重要だと思うのです。そうなると、組織も世代交代を前提としたものにしなければなりません。
平川先生 そこのところは深代先生も同じお考えなんですね。
深代先生 ええ、その通りなんです。よく事業承継というとトップの交代だけにフォーカスされがちですけど、本当はそうではなく、組織そのものがちゃんと、お客さんと合わせて継いでいかなきゃならない。
でも、それと同時に会社の理念や哲学、あと私がこう言うのもおこがましいですが、創業者へのリスペクトとか、そういったものを引き継ぐことも、会社が長く続くためには重要なのではないかと考えてます。
そういう、会社の核となる人物がいてトップになる。組織が集団でそれを支えるという感じです。それこそが世代交代するトップの役割じゃないかと。ここが平川先生とはちょっと違うかなと思います。
平川先生 なるほど、確かにちょっと違いますが、興味深いご意見です。
深代先生 江戸時代から何百年も続く老舗などは、そうやって続けてきているところがありまして。もちろん、トップは組織に支持されるような能力と人格を備えた人物でないとならないわけです。そのためには、組織の古参を大事にすることも忘れちゃいけないわけです。
よく、考えが古いからとかで、世代交代とともに古いメンバーを疎外しちゃうことがあるのですが、そうではなく、その人たちが組織を作ってまとめてきたという有難みをきちんと受け止め、その中には創業者の思想も沁み込んでいる筈なので、大事にしないといけないわけです。
平川先生 確かに、古参の社員とはうまくやっていかないと、事業承継は難しいですよね。
深代先生 ええ、そういう組織づくりが第一にあって、その延長として、次を支える人をつくっていくこと、それが事業承継かなと思っています。
私の場合、幸いに次の後継者は所員の中から花島になりました。私の息子も公認会計士・税理士ですから、ゆくゆくはそちらの方向になっていければと思いますが、これは次の世代に任せることになりますね。
会計事務所の承継の問題
平川先生 会計事務所といえば、M&Aも最近多いですね。あと、M&Aではないけど、地方なんかで良くあるのが、若い先生の事務所と年配の先生の事務所が合併するというもの。
こうすれば、若い先生が年配の先生の仕事を引き継いでくれるので、これも大枠で見ると事業承継の変形版みたいなものでしょう。
ただ、こういうのができるのも、政令指定都市くらいの規模で、もっと地方にいってしまうと若い先生もなかなかいなくて、先生が仕事できなくなったら廃業になってしまいます。
深代先生 先生方は、元気なうちはもうちょっと働きたいとおっしゃるのですよね。でも、クライアントからみると、そこは厳しくなるみたいでして。聞いた話ですが、クライアントに年齢訊かれて、答えたら「じゃあ、あと2、3年くらいですね」と言われたそうです。
平川先生 そうなると、従業員も大変ですよ。いま、20代や30代の従業員を採用するのであれば、次の世代が決まっているかどうかが見えてないと、まず難しいですね。
深代先生 そのあたりが、会計事務所が抱えている問題ですね。
平川先生 あと、どうしても会計事務所は昔の個人事務所の形態を引きずっていて、ピラミッド型の組織ではなくて、先生とその他所員みたいな構造になってしまうんです。
深代先生 言うなれば、文鎮型ですよね(笑)
平川先生 そうです。なので、どうしてもお客さんも先生個人に付いてしまい、もしその先生が辞めてしまったら、お客さんも散り散りになってしまうケースが多い。いまは税理士法人化もあって、少しずつピラミッド型の組織化になりつつありますけれど、私たちもそうやって、お客さんが組織に付くというかたちにやっていかないといけないですね。
深代先生 まさにおっしゃるとおりなのですが、理想ですよね。税理士法人化しても、どうしても、もとの文鎮型のままになってしまう事務所も多いように見受けられます。そういう意味では、私もまだまだこれからですが(笑)。
平川先生 まぁ、どうしてもトップの力が強いのは当たり前です。私が出てお客さんの対応をすると、必ず向こうは私の方を見てしかお話されません。一緒にいる社員はお飾りのように座ってるだけになってしまいます。
ですから最近はなるべく一緒に行かないように心掛けていますし、随伴して出向くときも、お客さんへの提案は社員に任せて、私は聞いているだけに徹しています。そういう風にしないと、結局、いつまでたっても全部私のところに仕事が来てしまいますので。
深代先生 小さな個人事務所であれば、それでもいいと思うのです。言うなれば「三チャン経営」と呼ばれる家族経営みたいなもので。
そうなると、どうしても承継なしの一代限りになってしまうことが多いですが、資格商売の宿命でしょう、それもまた良しです。
平川先生 そうですね。例えばですが個人経営の病院なんかも、親族以外の事業承継というのはほとんどありません。同じように会計事務所も、今まで親族以外の承継というのはあまりなかったのです。先生が辞めたら廃業でしたよね。
深代先生 廃業でしたね。社員が独立するにあたり顧問先を分けるということはありましたけれど、事務所そのものを承継というのはなかったですね。
爺”ちゃん” 婆”ちゃん” 母”ちゃん”で行う「三チャン農業」の企業版。主に家族のみで構成される経営のこと。
病院でいえば、最近は医療法人化して組織で事業承継することも増えていますけど、同じように会計事務所も最近は税理士法人化するようになりまして、社員が承継するというのも増えました。
平川先生 そこは、敢えて組織にする必要があるかどうかという問題になります。私が税理士法人化したのは、先ほど述べたように組織で事業をやってゆこう、という思いがあったわけですが、一般的な会計事務所は家内制手工業でもいいと思います。
これは先ほど、地方事務所の時にお話しした町医者機能を担ってくれる事務所にあたります。私たちは総合病院を目指していますので、どちらが良い悪いというものではなくて、両方ないと全体が機能しない相互補完関係にあたります。
深代先生 事務所の事業承継となるとなかなか難しいです。さらに親子間での承継が絡むと複雑になります。
平川先生 そこは、結局人だと思うのです、経営というのは。それを、親族だけでやろうとすると限界がどうしてもあるので、やはり優秀な社員を育てて一緒に後継者のサポートをしてもらえる仕組みを作らなければ、事業承継は成功しないのではないかと。
失敗例で特に多いのが、後継者と既存の従業員が敵対してしまうケース。これが最も成功しません。そうならないよう、組織で支えるというイメージをもって、しっかりした事業承継をしないと成功しないのではないでしょうか。