事業承継のプロが語る、自らの事業承継 事業承継のプロが語る、自らの事業承継

事業承継のプロが語る、自らの事業承継 <第2回>

事業承継、平川先生の場合

 第1回 事業承継のプロが語る、自らの事業承継

 第2回 事業承継、平川先生の場合

 第3回 事業承継、深代先生の場合

組織ぐるみでの事業承継

平川先生 そうやって父の事務所で仕事をするようになったのですが、実際、私より先に事務所に入って、父をサポートしてお客さんを何十年も見てきた社員も多いわけですし、そうなると私ひとりが「息子なので後継者です」と言って事業承継するよりも、組織で事業承継した方がいいのではないかと思うようになってきました。

そこで、税理士法人化して、社員税理士もうちの規模としては多いのですが7名、代表社員も3名という体制にしています。やはり社員税理士や代表社員になると、みんな意識が変わります。組織で事業を守っていかなければならないという意識が生まれますね。

事業承継となるとまず子どもに、という事は多いわけですが、私の息子はいま税理士目指して勉強しながら他の事務所に勤めています。なぜ自分の事務所ではないのかというと、そこは金融系の会計や国際税務がメインで、資産税や個人の税務はほとんどやらない、うちと全く違う仕事をやっている事務所だからです。そこで会計事務所の色んな姿を見て、そのうえで、自分で良いと思った方向に進んでくれればいいと思うからです。

私自身、後継者としての良さも苦労も理解しているつもりですので、息子に対しても絶対に後継者だと決めつけることなく、自分で独立開業してもいいし、今勤めている事務所を継ぐぐらいの覚悟でもいいと思ってます。より多くの選択肢が持てる環境だけは作ってあげたいですね。

それは、平川会計の次の事業承継も、組織で承継する体制を作っていくつもりだからです。三代目として絶対に戻ってこなければならないということは考えていません。

深代先生 凄いですね、うちより進んでます。

平川先生 息子も選択肢があったほうが、自分で考えて自分で動くと思いますし。「お父さんに言われたから継いだんだ」というと、やりたくないことやらされてるみたいな逃げ道を作ってしまいますので。

深代先生 なるほど、そこは企業の事業承継と同じでことすよね。いろいろ考えていらっしゃいますね、凄い。

平川先生 そういうかたちで、次の世代に繋いでいくということをきちんとやらないと、お客さんを中長期でサポートし続けられないわけです。

深代先生 そういう意味では、人材をきちんと育成しているのですね。

平川先生 そうです。長いともう40年近くいるという社員がいます。もちろん、そういう長く勤めている社員はみんな役員になって経営に参画しています。

深代先生 それは、どういうことで残ってくれるんでしょう。

平川先生 うーん、どういうことなのかな――ひとつは、近年になってから、地方に拠点を展開する新しい戦略をしています。最初は私が現地に通って事業協力者や顧客を開拓し、採算が取れそうになったら事務所を構えるわけです。

その事務所のメンバーは東京から派遣するのですが、その社員に事務所の運営を任せてしまいます。そうすると社内ベンチャーというか、独立開業に近い環境を経験出来て、しかもブランドの共有が完全独立よりも効果的なことを知ります。

深代先生 うちも同じようなこと考えていました。支店を設けて、支店長を置いて――M&Aをして一緒にやっていくのも視野に入れたりして。まだ構想段階で固まってるわけではないのですが。

平川先生 うちにもM&Aの話は来ますが、全部断ってるのです。そこもひとつ、社員がいてくれる理由かもしれません。M&Aをしてしまうと、どうしても違う文化の人たちが組織の中に入ってきてしまうので、思わぬところに温度差が出たりすることがあります。

ところがうちは先に説明したとおり、ひとつの組織として事業承継しようというコンセプトなので、みんなで利益とリスクを共有しているわけです。

そこに新しい事務所から見たこともないリスクが万が一入り込んでしまうと、社員の一体感が崩れてしまうかなと思うのです。

深代先生 確かに、一緒に築いてきた文化に違うものが混じると、プラスに働くこともありますが、マイナス要因になることも結構ありますね。

平川先生 ですので、地方事務所にしても、主力のメンバーは東京事務所から派遣して現地採用はほとんどしていません。もちろんコストの問題もあるのですが、地元の先生とは違う仕事を私達は手掛けています。例えば大型の相続だとか組織再編や事業再生といった、地方では事例も少なく、経験している先生も少ないような案件をご紹介いただき、顧問の先生にも協力していただいて対応します。

私たちは、このような構造をお医者さんに例えて、かかりつけの町医者と大学病院のような専門の総合病院の関係と説明しています。日ごろから体調管理をしてもらい、風邪やちょっとした怪我をちゃんと治してくれる町のお医者さんと、大病や大ケガのときに大掛かりな治療を行う総合病院。どちらが欠けても大変なことになる、相互に補完できる関係だと思っています。

深代先生 あえて地方にしたのは、どういう理由でしょうか。

平川先生 やはりニーズがあるからですね。特に事業承継では、地方の有力企業の事業承継を総合的にサポートできる事務所が少ないのです。

また、後継者が東京に修行に出ていることも多くて、そのようなときに東京で後継者とコミュニケーションを図るのにも、都合がいいわけです。後継者の方も「うちの会社は地方にあるけど、東京の会計事務所が事業承継の面倒を見てくれるくらい価値のある会社なんだ」と思ってもらえることで、地元に戻りやすい環境を作ってあげられます。

深代先生 平川先生はいろいろ深く考えてらっしゃって凄いですね。それだけ人材もいるし、ネットワークもあるってことですし。

平川先生 ですから地方にはエースを送り込まないといけないのです。

深代先生 そのエースが何人もいらっしゃるわけですよね。

平川先生 結果として、東京がだんだん手薄になるんですけど(笑)。あとこれは問題点がありまして、このエースが行ったきりになっちゃうことなんです。

実際、大阪事務所はもう10年以上戻ってきていません。向こうで信頼関係ができてしまっていて、そうすると彼抜きでは回らなくなってしまうのです。

深代先生 なるほど、そういう部分に難しさもあるんですね。

大阪事務所の社員

平川先生 ありますね。ただ、そういう意味では社員に対しても比較的選択肢に幅をもたせているつもりです。例えば地方出身の社員に対して「地元帰って独立するかわりに、平川会計の地元事務所やらないか?」って誘い方もできるわけです。そういうのができると、社員に帰属意識が生まれますから。

深代先生 自分ひとりで独立すると、リスクもたくさん背負うわけですからね。なんでも自分でやらないといけなくなっちゃう。

平川先生 やっぱりひとりで独立した人がみんな言うことは、今までやれてた仕事ができない。サポートしてくれる人もいないし、大きい仕事も入ってこないし、小さいことまで全部自分でやらなきゃいけない。だったら独立しなきゃよかったと(笑)。

深代先生 いや、本当にそう思います。よくそういう話を聞きますけれど、それでもみんな独立したがるから不思議だよね。

平川先生 そういう意味では、平川会計のブランドで地方展開して、地元の先生から大きい仕事をもらったほうが、はるかにやりがいがあると思うのです。

深代先生 しっかりしたバックグラウンドをもちながら、夢もあるって大事なことですよね。

平川先生 そうですね、やはり私がそういうイメージで社員にも話してるので、そうならないといけないなってみんな思うわけじゃないですか。

うちの息子にも、税理士になるかならないかは、見てから目指した方がいいと話してきました。バイトなり何なりで実際の現場を見て、それで「やりたい」と言うのだったら、目指してもいいけど、うちの事務所は組織で事業承継しているので息子だからとポンと入ってきてトップに立てるわけじゃないし、それを前提に自分で道を拓くことをやらないということであれば、この業界を目指すのは良くないよ、という話をした。社員にもそれは伝わってるし。

深代先生 きっちり教育されてますね。すごい、素晴らしいです。

平川先生 いえいえ。やっぱり、事業承継はうまく進めたいですし。深代先生の場合、創業者ということで、私とは立場が逆ですよね。

「事業承継のプロが語る、自らの事業承継」一覧

 ・第1回 事業承継のプロが語る、自らの事業承継

 ・第2回 事業承継、平川先生の場合

 ・第3回 事業承継、深代先生の場合