松林先生インタビュー 松林先生インタビュー

相続税は、普段税務署とやり取りをしない立場の人間も、ある日突然直面する問題だ。詳しく知らないだけに、間違ったイメージを持っている人間は少なくない。 では実際の相続税の調査とはどういうものなのか。国税と税理士という、いわば真逆の立場の両方を知る税理士の先生にお話を伺った。

元国税の税理士、松林先生にインタビュー(全3回連載)

意外と知らない相続税調査の実態 <第3回>

 第1回 相続税調査の実態

 第2回 間違いやすい相続対策

 第3回 相続対策で本当に必要なこと

形式だけ整えても否認の可能性が

松林先生 前回も少し話題に出しましたが、私が税理士になってよく感じるのは、契約書とか、そういう形式さえ整っていれば、それでもう贈与があったとか税務調査の時に認めてもらえると思っている方が意外と多いことです。

でも実際は、いくら形式が整っていても、実態が伴っていないと、税務調査で否認されちゃう可能性があるわけです。そこは実質課税というところなのでしょう。

編集部 税理士さんに「契約書用意してあるから準備オッケーだよ」って言われてしまったら、そのまま信じてしまっている人って実は結構いらっしゃると思うのですが。

松林先生 形式さえ整っていれば大丈夫という姿勢で相続対策などを税理士の先生に勧められるがままに実施して、いざそれが税務調査を受けたときに、何億とか何十億とかの相続対策を、今言ったような実質判断というか、実質課税でひっくり返されるというケースも実際あります。

編集部 迂闊にやると怖い面もあるのですね。

松林先生 私は「相続対策というのは、税務調査を受けてもクリアできるような、そういう対策でないと、結局は絵に描いた餅なのでやっぱりダメなのですよ」とよく申し上げています。書類や形式を整えたから、もうそれで対策が終わったということではないのですよね。

結局、相続対策で最も重要なのは――

松林先生 まとめますと、家族名義預金とか、書類とか形式だけ整えてもだめなんですよっていうところをお話してきたわけなのですが、私が最も強調したいのは、相続対策で最も重要なのが、「家族仲良く」なんです。

編集部 えっ、家族仲良く、ですか?

松林先生 ええ、法律の解釈やテクニックなどよりも前に、例えば相続税の特例がいろいろあるわけです。配偶者の税率軽減だとか小規模宅地の特例とか、非上場株式の納税猶予制度や農地の納税猶予制度なんかもそうなのですが、これらは、すべて遺産分割協議が終了して財産の分割が終わっているのが前提なのです。

すなわち、相続人が仲良く円満な話し合いをしていないと、期間以内に遺産分割が終わらずに、こういう恩恵が全部受けられなくなりますよね。

このお話は私もいろいろなところでしていますが、仲良く遺産分割をおこなうために、あらかじめバランスの取れた資産運用をしなければなりません。例えば、不動産だけが財産の90パーセントを占め、しかもその不動産が自宅や事業用地であると、後継者がその不動産を引き継がざるを得ないわけでして、そうなると相続人の間で不公平感は出ますし、納税のための現金も無いということになるわけです。

ですので、そこはやっぱり被相続人の生前から、将来の相続のことも考えて財産運用をして、遺産分割がうまく整うように、後継者以外の人の相続分も考慮した財産運用ですとか、相続税の納税資金も考慮した資産運用とかをしていかなければならないですよ、とご提案しているわけです。

編集部 後に問題にならないよう、計画的な資産形成が必要ということですね。

松林先生 ええ、そういうことです。もちろん、それも自分だけでやらずに、家族でちゃんと話し合っていかなければなりません。

編集部 でも相続の話というのは、センシティブといいますか、特に相続人になる側から口にするだけで争いの火種になると言いましょうか……

松林先生 そうですね、そこは存外に難しいです。たとえば「相続の遺産分けの話なんだけど」などと切り出すと、「なんだ? お前は財産欲しいのか?」と言われて嫌な思いをするなんてことはよく聞きます。

ですから、そこは被相続人となる方から切り出さないといけないのです。先ほどのように資産運用を計画的に考える方ならやれると思うのです。たとえば後継者には「お前は跡を継いでくれるんだから、これだけの財産はやるよ」と。一方で外に出た子には「お前とお前にはこういう預金だとか、こういう上場株式を用意してあるから」というかたちです。こういう場合、株式は自社株ではなくて、上場株式でないといけません。

こうやって生前中に聞かされていれば、それが民法上の法定相続分と比べてちょっとバランスを欠いたとしても、遺志が明確なので本人たちもある程度納得できるはずです。だから生前中から家族で話し合うということは、とても大事だと思います。相続の面ではね。

そこは相続“税”対策だけじゃなくて、いわゆる遺産分割を円満に終わらせるための相続対策でもあると思うんですよね。スムーズに遺産分割協議が終われば、すなわち相続税対応もスムーズに終わると思うのです。

保険は優れた相続対策

編集部 なるほど、家族仲良くが大事なのですね。

松林先生 それで言えば、生命保険契約というのは相続対策のうえでは優れています。死亡保険金は、一人500万の控除があるわけですから、払い込んだ分に見合うだけの死亡保険金が下りるといった契約に加入しておけば、相続人にしてみれば受け取る財産はあまり変わらないけども、500万の控除があるので、それだけで節税になりますよね。

しかも、保険金というのは受取人を指定しておくと、それはもう遺産分割の対象外なのですよね。だからいわばその財産分け、有効な円滑な遺産分割の対策にもなるということです。私、保険会社の回し者ではないのですが(笑)、まとまった預金があればそれを保険契約しておけば節税にもなるし、いわゆる遺言書代わりにもなるのでお勧めなのです。

それでもはっきり念押ししておきたいのは、形式的にだけ揃えるとか、あるいは相続開始直前というか、もう、いつ相続が発生してもおかしくない状況で、被相続人に判断能力がなくなってから相続人が勝手に預金解約して保険契約しても、それは税務署から否認される可能性が高いということです。

編集部 きちんと計画的でないといけないのですね。

松林先生 預金よりも保険のほうが節税になるということなので、極端な話をしてしまうと、被相続人が元気なうちに預金を解約して、保険契約を結ぶほうがが節税になるということです。あんまり、声を大にして言いたくはないのですけど、制度としてはそういうかたちになっていますので。

編集部 家族仲良くと資産承継、そして節税まで全部できてしまうのですね。

松林先生 そうです。保険金というのは、本来は保険の契約者と受取人と保険会社との契約であって、受取人が相続とは関係なく保険金をもらう固有の権利なのです。ただ、相続税の対象になるのは、相続税法でこの保険金は相続財産とみなと規定されているからです。ですから、みなし相続財産とはされていますが、分割協議の対象ではないのです。実際には、遺産の分割するときには保険金分も考慮して、「お前保険金これだけもらってるんだから、他は少なくていいよね」などと対応されることも多いとは思いますけれども。

相続税の調査の話はそんなところですかね。何よりも、家族仲良くというのは相続にまつわる面で引き合いに出しましたが、もちろん、普通に重要なことですよね(笑)。

編集部 先生、本日は盛りだくさんのいろいろなお話ありがとうございました。

さいごに

調査は2年目あたりがピーク。調査で否認されて後で大変なことにならないよう、形式だけ揃えても意味はなく、きちんと内容も履行をすることが大切。そして何よりも、相続時の税金や分割を見据えた資産構成など事前準備を怠らず、家族仲良くすることが節税対策にとって重要であること

「元国税の税理士、松林先生にインタビュー」一覧

 ・第1回 相続税調査の実態

 ・第2回 間違いやすい相続対策

 ・第3回 相続対策で本当に必要なこと