相続税は、普段税務署とやり取りをしない立場の人間も、ある日突然直面する問題だ。詳しく知らないだけに、間違ったイメージを持っている人間は少なくない。 では実際の相続税の調査とはどういうものなのか。国税と税理士という、いわば真逆の立場の両方を知る税理士の先生にお話を伺った。
相続税の調査はどのタイミングで入るのか
松林先生 どうもはじめまして、税理士の松林でございます。
編集部 お忙しいところお時間いただきありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。まずは先生の自己紹介をお願いいたします。
松林先生 こちらこそお願いします。私は平成25年8月に税理士登録をしまして、今、税理士5年目に入ったところです。
税理士になる前は国税の職場で40年近く働いていました。その40年近くの中では主に相続税の関係の仕事をやっていました。
編集部 本日は、国税と税理士という、いわば真逆の立場両方を知っていらっしゃる先生ならでのお話をうかがいたくお邪魔させていただきました。早速ですが、相続税の調査というのは結構頻繁に行われるものなのでしょうか。
松林先生 そんなことはないと思います。ただ、法人税とか所得税は事業主ですとか収入の高い方とか税務署とのやりとりに慣れた方が多いのですが、相続税はこういう調査にあまり馴染みのない、たとえばサラリーマンや主婦の方、ご年配の方などが偶発的に対象になるという点から、皆さん戸惑われることが多くて、そういうイメージが付いているのだと思います。
編集部 確かに事業をやっていれば毎年決算がありますし、事業主なら個人の申告もしなければならない。サラリーマンや主婦だと会社で処理してくれるので、直接税務署に関わることが無いですね。この調査はいつ頃来るのでしょうか。真実かどうかはわかりませんが、愁嘆場にやってきて、悲嘆にくれる家族に遺産のことを根掘り葉掘り聞きまくるといった話まであったりするのですが。
松林先生 それはいくらなんでもオーバーでしょう(笑)。そもそも調査の流れをまとめますと、人が亡くなると各市区町村から税務署長宛に通知が届くのです。これは相続税法に規定されています。そこで、まず税務署は不動産など台帳と照合してすぐわかる遺産をはじめ、税務署が持っている預金や証券類の資産の動向などを調べます。
相続税は申告納税制度なので、申告が出てくるのを税務署は待ち、出てくればその申告の内容が法律に基づいて正しく計算されているかどうかというチェックをします。この時点で申告してこなかったり提出された内容が保有している資料と違うとなれば、そこで調査が入るわけです。亡くなった直後では、まだ申告がされてないわけでして、申告されていて漏れや間違いの可能性がなければ税務署は動きません。
編集部 そうしますと、土地なんかはすぐわかってしまうのですか?
松林先生 そうです、わかり易いですね。そしていつ調査が来るかなのですが、これは国税庁が毎年出している『相続税の実地調査の状況』という統計資料(編集部注:インターネットでも公開されています)で大体わかります。
たとえば平成27年度分の調査状況をみますと、この冒頭に「相続税の実地調査については、平成25年に発生した相続を中心に……」と書いてあるのです。ちなみに平成27年度というのは27年の7月から28年の6月までの間になります。
つまり例外はありつつも、およそ2~3年目に調査があるかも、と考えられます。もちろん、5年間は申告漏れがあれば修正申告しなければいけないわけですから、その5年の間はいつでも税務調査の可能性があるということですが。
編集部 5年間のちょうど中間あたりが可能性のピークなのですね。この調査対象というのはどのように選ぶのですか? ランダムなのですか?
松林先生 いえいえ、いくつかありますが、最近力を入れているのは海外資産関連ですね。国税当局も長年にわたって蓄積してきた情報を元に、『この被相続人は海外に何か資産を持っているんじゃないか』とか『もっといっぱい金融資産、すなわち預金だとか株式とかを持っているんじゃないか』などを調べて、相続税の調査の対象を選ぶということだと思います。
編集部 やっぱり金融資産の実態が見えないというところが重点的な調査対象になるということなのでしょうか?
松林先生 先ほどお話したとおり「海外事案」と、あと「富裕層」「無申告」が重点的に調査されるポイントだと思っています。そのほかに相続財産の内容として、金融資産が考えられます。
この金融資産については、例えば土地建物などの不動産は登記を経て外部に公開されているので、ある意味「表現資産」みたいなかたちになっていますが、それに比べて、預金だとか株式だとか保険関係だとかは、所有者が外部に公開されていない財産なので、税務署・税務職員が「不表現資産」と呼んでいます。
そのような預金とか株式、保険契約といった不表現資産が遺産の中に占める割合が高い相続税の案件は、税務署の持っている情報などをもとにして、優先的に調査されるということはあるでしょうね。
編集部 税務署というのは発生した時点から調べるのではなく、日ごろから情報収集と、事前準備されているのですね。
松林先生 そうなります。経験で申し上げれば、そのあたりこそが、相続が持つ特別なところですね。
相続税の特殊性
編集部 それはどのような意味でしょうか?
松林先生 相続税は非常にプライベートな、私生活に密接に関連した税金なのです。仕事をして働いて収入を得て、まずは生活をしますよね。そして、生活をして残ったお金を貯めていくということなので、その収入からいかにして財産が蓄積されてきたかという調査をすることが相続税の調査なのです。
そうすると、どこにいくら、何をどういうところにお金を使ったとかっていう情報が必要になります。ただ、それは非常にプライバシーに関する話なので、「調査官に対してどうしてそこまで答えなきゃいけないんですか?」とか「それはプライバシーの侵害ではないですか?」とかいう話もよくあります。それは相続税の調査の特殊性なのです。
それから、もう一つ。相続税の調査というのは、非常に過去にさかのぼった話が随分出てきます。例えば所得税や法人税、消費税なんかでしたら調査は3年とか5年とか、余程さかのぼっても7年くらい前の話なのですけれど、相続税の調査は10年、20年、30年前の話が当たりまえに出てきます。
調査官も「30年前にこういう収入があったと思いますけどもそれはどうされたのですか?」などと質問するのです。「え、それってもう時効じゃないですか」などと言われる方がいらっしゃいますけど、そこは過去にそういう収入があったとか、あるいは大きな財産、株だとか預金があったとして、それがどのように使われて、どう運用されて、相続開始日現在に残っていたのか、相続開始日から調査日現在までまたそれがどうなっているのか、というのをずっと一連のフローみたいな流れとして調査官はとらえます。
ですから、どうしても20年、30年前の話も出てくるのですよね。そういったところを戸惑われる納税者の方って結構いらっしゃいますよね。
編集部 それは、確かに――結構、3年前のことでもあやふやですけど(笑)。
松林先生 普通の人、みんなそうですよね。
編集部 それで20年前となっちゃうと、自分のことであっても、そんなことあったのかしら? となってしまいます。
松林先生 ましてや、相続の時には、財産を運用していた方はもういらっしゃらないですからね。誰かに任せていれば別ですけれど、被相続人がご自分で財産運用していれば、そこはもう分からない。相続人の方も「そういえばこういう話を聞かされた」とか、「そういうことが傍らから見ていてあったね」というようなことでしか話できませんから。でも、直接相続人の方が携わっていない、関わっていない話も当りまえに質問されてきます。そういうことでちょっと戸惑われることが多いですよね。
編集部 そこら辺の記憶があやふやで、「お父さんがやっていたことです」と言ったところで、事実確認が例えば20年前のことだったらできない場合はどうされるのですか?
松林先生 税務調査、調査官はいろいろ情報を持っています。あるいは質問検査権で関係者に聞き取りする権限――反面調査と言うのですが、その権限を与えられていますから、20年、30年前の話であっても、周辺から情報を集めたり、今現在の状況を関係者に質問したりして判断するのでしょうね。相続人の方のそういう申し立てと言いますか、相続人の方のお話も参考にしながら、事実関係を把握していくのだと思います。
編集部 なるほど。20年、30年前のことを聞かれるというのは普通の人は思っていないと思わないですよ。
松林先生 そこを納税者の方も真面目だからきちっと答えようとかですね、間違ったことを言ったら大変だと、かなり悩まれたり緊張されたりしてお答えされたりしていますね。
そこのところは、調査があったときには相続人の方に「覚えていることは覚えている、知らないことは知らない、ということではっきり言ったほうがいいですよ」とお伝えします。記憶違いもあるかもしれませんから「記憶違いかもしれませんけれども、今覚えている限りの話ではこういう内容です」というふうに、はっきり言ったほうがいいのでしょうね。
編集部 分からないことはわからないという、ありのままの事実をそのまま伝えるのがいいということなのですね。
松林先生 そういうことになりますね。まあ、そうは言っていますけど、昨日のことも「あれ昨日、何食べたっけ?」とよく覚えてないようなことも普通ですから、10年、20年、30年前の話は、すぐには思い出せないですよ(笑)。